30000Hit感謝SS
「祐一さ〜ん」
突然の声。
あてもなく散歩していた祐一は声のした方へと振りかえった。
「佐祐理さん?」
「はい、佐祐理です」
祐一が振りかえるとそこには声をかけた人物――倉田佐祐理――がにこやかに立っていた。
ある日……
「それで、佐祐理さん。今日は一人なんですか?」
いつも一緒に居るはずの舞が居ない。疑問に思った祐一は素直に口に出した。
「あははーっ、そうなんですよ。舞、今日は用事があるそうなんです。せっかくのお休みですし、一緒にお買い物にでも行こうと思ってたんですけどねー」
そう言った時のさゆりんスマイルはいつもの輝きがなかった。
まあ、親友の舞と祐一ぐらいしか気が付かないであろう差ではあったが。
「それじゃあ佐祐理さん、俺がご一緒しても良いですか?」
「大歓迎です。むしろこっちからお願いします」
「それで、何処に行くんですか?」
「特に決めてないんですよ〜祐一さん、何か買いたいものってありますか?」
と、聞かれても祐一自身あてもなく散歩していたわけで、特に思いつく事も無い。
「う〜ん、特に無いですね。……それじゃ、あてもなく商店街でも散策しますか?」
「佐祐理はそれで良いですよ」
と言う事で祐一と佐祐理は商店街に足を向けた。
「意外と人が居ますね……」
商店街は休日と言うことを考慮しないでも人でごった返している。
「はぇ〜」
佐祐理もあまりの人の多さに目を白黒させている。
「な、何かイベントでもありましたっけ?」
顔を引きつらせながら祐一は佐祐理に問いかけた。
「イベントですか〜? 佐祐理はそう言う事には疎いので……」
祐一にも佐祐理にも今日、何かイベントがあるのか、それとも無いのかはわからなかった。
あまりの人ごみを怪訝には思ったが、イベントなどに興味の無い二人はそのままひとまず百花屋に足を向けた。
カラン、カラン
「いらっしゃい」
扉に取りつけられたベルと体格はいかついが表情は柔和な店長が二人を迎えた。
「ちわっす、マスター」
「こんにちは」
祐一と佐祐理、いや八人の少女達と百花屋の店長は知り合いである。
無論、それはイチゴジャンキーのイトコとアイスジャンキーな妹が居たからである。
もしその二人が居なければ知り合う事は無かっただろう。
キョロキョロと店内を見まわし、ふと祐一はある事に気が付いた。
「珍しいですね。客が一人も居ないなんて」
祐一達を除いてではあるが、百花屋には一人も客が居なかったのである。
商店街の状況から考えると、それは異常以外の何物でもなかった。
「そうなんだ。今日はどうもイベントに客を取られたようでな……あ、何にする?」
「俺はアイスコーヒーを」
「佐祐理はアイスティーをお願いします」
「アイスコーヒーにアイスティーね。ちょっと待っててくれな」
そう言って店長は気配を感じさせない足取りで店の奥に消えていった。
「何のイベントなんでしょうね?」
「店長さんはお知りのようでしたね。聞いてみてはいかがでしょうか?」
「そうですね。それじゃあ聞いてみましょうか」
「ん、俺に何か用か?」
「うおっ!?」
突然背後からかけられた声に、祐一は飛び上がらんばかりに驚いた。
「マ、マスター……気配を消して人の背後を取るのは止めて下さい」
何食わぬ顔でアイスコーヒーとアイスティーを並べている店長に祐一は文句を言う。しかし店長は何処吹く風である。
「気にするな。昔取ったなんとやらだ」
「気にしますよ」
などと噛み合っているのか噛み合っていないのか微妙な会話が行われる。
そんな二人の姿を佐祐理はニコニコと見つめていた。
「それで、イベントに付いて話していたようだが、この後行くのか?」
テーブルの横に立つ店長が聞いてきた。
そのあまりに見事な直立不動に祐一は、エプロンよりも背広とサングラスが似合うと漠然と思った。
恐らく百人に聞いても同じ答えが帰ってくるだろう。
「そのイベントなんですが、いったい何をやってるんですか?」
バカな事を祐一が考えている間に、佐祐理がその問いに答えた。
「知らないのか? 祐一も?」
佐祐理の言葉に「まさか!?」と言う表所を浮かべる。その表情はすぐに苦笑へと変わった。
「まあ、お前達らしいわな。イベントはな、なんて言ったかな、取りあえず有名歌手が来ているらしいぞ」
それを聞いた二人の表情は目に見えて「なんだ、そんなものか」と物語っていた。
「期待したようなものじゃないですね」
「そうですね〜」
「なんだ、お前ら興味無いのか?」
「あの人ごみの中、それを見に行くならここで静かにクラッシックを聞きながら優雅にアフタヌーンティーを楽しみます」
「あははーっ、佐祐理も同感ですね」
そんな二人の答えに店長は若者らしくないと思った。
「若者らしくないぞ、お前ら」
訂正、口に出した。
そう言って店長は笑ったが、無論二人の表情は複雑その物であった。
「そうだな、じゃあリクエストでもあるかい?」
「そうですね……佐祐理さんは何かありますか?」
ぱっと思いつかなかった祐一は佐祐理さんに選択権をゆだねた。
祐一のその言葉に佐祐理はう〜んと考え込み、答えた。
「それでしたら『雨だれ』をお願いします」
「ショパンかい?いいね〜それじゃ、入れ替えてくるよ」
店長が奥に下がり、ほどなくしてスピーカーから優しい音楽が流れ始める。
「それじゃあ、優雅なアフタヌーンティーといきますか」
結局あれから二人は2時間近く百花屋ですごした。
結局あれから客は来ず、店長がケーキとコーヒー(自分の)を持って二人の席を強襲したりもしたが、それはまた別の話。
「祐一さん、また佐祐理に付き合ってもらえますか?」
「俺で良いなら喜んで」