ARMORDE CORE 蒼紅の月
「ここよ」
香里はある家に前で振り返り祐一に告げた。
「すまん、たすかった」
祐一は美坂姉妹に頭を下げ礼を述べた。
「先に助けてくれたのは祐一さんですよ」
栞が笑いながら先ほどの出来事を指摘した。
「それじゃ、あいこだな」
「そうね」
三人は顔を見合わせ、そしてひとしきり笑いあった。
「ほんとに助かったよ。サンキューな」
「たいしたことじゃないわ。それじゃ、あたし達はもう行くわ。またね」
「さようなら、祐一さん」
「ああ、またな」
第二話 再会
「二年ぶりか……」
玄関のチャイムを前にして、祐一はためらっていた。アポ無しの急な訪問。いや、あの人なら快く迎え入れてくれるだろうと思った祐一はチャイムを押した。
ピンポーン
無機質な音が流れた。その音を追うようにして軽い足音が聞こえてくる。誰かはわからなかったが、その軽い足音は女性である事は間違いないだろう。
ガチャリ
「はい、どちら様ですか?」
扉を開ける音と共に一人の女性が顔を出した。
「お久しぶりです、秋子さん」
祐一はその女性―――水瀬秋子―――に軽く頭を下げた。祐一を見た秋子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに全てを包み込むような自愛の表情を浮かべ祐一を迎えた。
「お帰りなさい、祐一さん」
「ただいま」
秋子が用意した、少し遅めの昼食をとりながら祐一は秋子に呼びかける。
「秋子さん、あの機体は?」
「……あの機体……ですか?」
答えながら秋子は祐一の目を覗き込む。そして全てを見透かすような瞳で祐一を見ながら問う。
「過去を乗り越える事は出来ましたか?」
「ハッキリと乗り越えたとは言えないかもしれませんけど……自分なりの決着はつけたつもりです」
苦笑ながらにそう言った祐一の瞳は何の気負いも無く、無理をしている様子など微塵も無かった。
「あの機体はガレージに保管しています」
「お手数おかけします」
微笑み、そして―――
「この後、ガレージに用がありますので行くんですが、いっしょに行って見ますか?」
「お願いします」
昼食を終え、部屋に案内してもらった祐一は荷物整理をする。荷物といっても、そう多いものではなかったが。
「………」
整理していた荷物の一つ―――写真―――を無言で見つめる祐一。その表情は優しく穏やかなものだったが、幾ばくかの哀しみが見え隠れしている。写真には祐一のほかに、一人の男性と一人の女性が写っていた。赤い髪、青い瞳の二十歳過ぎの精悍な男性と、二十歳前後の白い髪、赤い瞳の柔らかな印象の女性が、祐一を囲んでいる。二人と祐一の関係はわからないが写真から容姿は間違いなく似ていないのに、ふとすれば兄姉弟と間違ってもおかしくは無いほどの深い絆が見て取れた。
「そろそろ時間だな」
ちらりと時計を見た祐一は、秋子との約束の時間が迫っている事に気が付いた。荷物を整理をほったらかしにして自分がどれほど写真に見入っていたのかを考えた祐一は苦笑した。
「(少し前までは、こんな風に写真を見つめる余裕なんて無かったな)」
写真を棚の上に置き、最後の荷物の片付けにかかる。
「祐一さん、準備はよろしいですか?」
ちょうどその時、準備を終えた秋子から声がかけられた。
「後少しです」
「それでは玄関で待ってますね」
遠ざかる足音。それを聞きながら最後の荷物を片付ける。その後祐一は軽く目を閉じ―――
「行くか」
―――部屋を後にした。
「ここです」
秋子が立ち止まり、3階建てほどビルを指差す。周りに建物が無いのが気になるといえば気になるのだが、それよりもACを格納するには小さすぎる。
「ここがガレージですか?」
「はい、ここがガレージです。正確には少々違うのですけど」
そのガレージは大体水瀬家からアリーナまでの半分くらいの距離にあった。Kanonと書かれた少々大きめの看板が目を引く。その看板を疑問に思った祐一は秋子に問い掛けた。
「……あの…Kanonと言うのは?」
「まあまあ、そんな事より早く中に入りましょう」
疑問を口に出したのはいいが、簡単にあしらわれてしまった。しかしながら雪が強くなってきていたので祐一も早く室内に入ることには同意した。中には良いって見るとそこは簡単なオフィスビルのような感じの内装だった。
「こっちです」
奥の扉の前で秋子が呼んでいる。扉を開けると地下に続くエレベーターになっている。そのエレベータを降りた先にガレージがある。
「これは!?」
ガレージ内に入った祐一は絶句した。それもそうだろう。外観からは想像できないほどの広さがそこにはあった。地下を掘り下げて広い格納スペース―――約AC10機分―――を得ている。おそらく下手なアリーナよりも大きなガレージだろう。入り口から反対のガレージの両隅にはAC用エレベーターが設置されている。おそらくここからACを発進させるのであろう。そしてそこには6機のACが鎮座していた。その中に先ほどアリーナで目撃した白いAC―――Valkyrie―――もあった。
「ワルキュリア……?」
「ワルキュリアを知ってるんですか?」
思いもしない物を見つけた祐一が発した声に、秋子が問い掛ける。
「先ほどアリーナでチラッとだけですけど。それにしてもコレはいったい?」
「これについては長くなりますので後で説明します。あの機体は奥のデッキですので」
疑問には思ったが、後で説明してもらえば良いと祐一は思った。それにあの機体に早く会いたいという欲求もあった。
「佐祐理ちゃん」
秋子が奥で作業をしていた少女に声をかけた。呼ばれた少女がやってくる。近づいてくるに連れてその容姿がハッキリとしてくる。癖の無いストレートのロングヘアー。可憐という言葉がピッタリと似合う少女だ。
「佐祐理に何かご用ですか、秋子さん?」
「佐祐理ちゃん、紹介するわね。こちらが相沢祐一さん」
「初めまして、倉田佐祐理です。佐祐理って呼んでください」
自己紹介をして、軽く手を差し出す。
「こちらこそ、俺のことも祐一で良いぞ」
軽い握手を交わしながら自己紹介を終える。
「自己紹介はすみましたね。それでは佐祐理ちゃん、私は少しやらないといけない事がありますので、祐一さんをあの機体の所まで案内してもらえますか?」
「わかりました。あの未完成の機体ですね」
「ええ、そう。それでは祐一さん、終わったら執務室に来てください。一階に上がってすぐ左にありますから。そのときにいろいろな説明をします」
そう言って秋子は祐一の返事を待たずエレベーターに向かっていく。特に呼び止める理由も無いので問題は無いが。
「祐一さん、案内しますので佐祐理のあとを付いて来てください」
「了解」
佐祐理に連れられ、ガレージを奥に進んでいく。その間祐一は考えを巡らせる。
「(4年ぶりか………彼女の機体に会うのは…………時間……かかったな)」
あの機体に近づきながら、祐一の昔を想う。その当事は思い出すのも拒絶したほどの哀しい記憶。しかし今は哀しいが、思い出として扱う余裕が出来た。無論その余裕が出来たからこそ、祐一はこの機体に会いに来たのだが。
「……さん。…一さん!祐一さん!!」
「はいっ!?」
「着きましたよ。何考え事でもしてたんですか?」
軽く苦笑しながら佐祐理が覗き込んでいる。祐一が考え事しているうちに、目的の場所まで辿り着いていた。
「この奥です」
そう言いながら扉を開ける。その奥に見えるのは一つだけのデッキと銀色いや、未塗装のAC。そのACを見た瞬間、祐一に万感の念がこみ上げてくる。ACに近づく。近づくにつれ、その足取りが早くなる。少しでも早く彼女が残した物を、いや彼女を感じたかったのだろう。そしてそっと手を触れ―――
「……ただいま」
―――色々と考えはめぐったが、出てきたのはこの一言だった。
〜つづく〜