ARMORDE CORE 蒼紅の月
頸部を貫かれた事により、敵ACが崩れ落ちる。
右腕に装備していたライフルを左腕にに移し変え――先ほどの攻撃で右腕が使用不能のため――油断なく敵機を睨み据える。
コアと頭部の接続部を貫いた事により、おそらく敵機のメインモニターは死んでいるはずである。しかし、戦闘システムが死んでいるわけではない。気を使って使いすぎる事はないのである。
数秒して、祐一はオープン回線に切り替え敵機に呼びかける。
「投降サインを出し、今すぐMTの戦闘活動を止めろ。身の安全は保障する」
第五話 Kanon
「殺せ」
回線から流れる声。その声に続くようにACが停止しする。ハッチを開きACから出てきたのは若い男だった。
しかしなおもMTの戦闘活動は続いている。
「MTを止めろ」
祐一の声に殺気が混じる。今にも突きつけた銃口から弾丸が発射されそうである。
「敵に掛けられる情けなど……それに、俺にアレは止められない」
淡々とした口調。しかし、その言葉にこもる現実性は強い。それゆえに祐一は二の句が告げない。
「殺せ……ここで俺を殺さないと、何度もお前の命を狙うぞ」
銃口を前にして、男が両腕を開く。対AC用のライフルの前でだ。この至近距離なら掠っただけで人間など死んでしまうであろう。そして祐一のACに近づいてくる。いや、正確には近づこうとした。
「待て!」
鋭い、凛とした女の声がそれを遮った。一機のフロート型ACが近づいてくる。
「その男を引き渡してもらおう。かわりにMT部隊は撤退させる。悪い相談ではないだろう?」
淡々とした、冷たい口調で話し掛けてくる。しかし祐一はそれを一蹴する。
「悪いが、それには応じられない」
銃口を男に向けたまま祐一は答える。が、すでに祐一の思考は、このフロート型のACの戦闘になったときの事を考え始めている。
「(武器はライフルとブレードのみ……右腕は使用不能、しかも機動性は段違い……まいったな)」
「今すぐにMTをその場で自爆させても良いのだぞ?」
ゾッと底冷えするような口調。簡単に冷笑を浮かべているであろう姿が想像できる。
そしてこう言うタイプの人間は口に出した事は何があっても実行する。
仕方なく祐一はそれに応じる事にする。しかし、微妙に細部を変更してだが。
「MT部隊をその場で停止させろ」
その言葉が聞こえたのか、男が目に見えて狼狽した。
それもそうだろう。自分一人と引き換えに、全てのMTを引き渡せといっているのとかわらないからだ。しかし――
「いいだろう」
――女は簡単に同意した。おそらくその言葉を予期していたのであろう。
「今MTを停止する」
言うが早いか、レダー上の光点――MT――が一斉に停止する。
「ACに乗れ。帰還する」
祐一がそれを確認している間に、狼狽しつづける男に女が冷静な、いや、冷徹な声をかける。
その声で我に帰ったのか、男が慌ててACに乗り込む。しばらくして――おそらく補助カメラに切り替えていたのであろう――立ち上がった重量逆関節ACを見て、フロート型ACは反転してその場を後にする。
「次は……次は貴様を倒す」
同じく反転し、去っていこうとした重量逆関節ACから通信が入った。
「望むところだ」
そう言った祐一の表情は苦虫を噛み潰したようだった。
「すみません、命様」
男が女――御神命――に呼びかける。
「いや、いい。そんな事よりジャックス、あの男……いったい何者だ?」
男――ジャックス=クルーガー――答えに窮する。しかし、気にせずに命は続ける。
「あの場で始末しておいた方が良かったかもしれん」
あいまいな口調であったが、その声質は真面目そのものであった。
「あの男、私たちと同じレベルの機体に乗ったとしたら、おそらく隼人でも勝てない」
「っ!?」
命の言葉にジャックスは驚きを禁じえない。
命は意を決したように口を開く。
「あの男について調べる。おそらくこれからの活動で一番の障害になるはずだ。最悪の場合はゲイツを使わねばならんだろう」
「ゲイツ、ゲイツ=ガーランド!?」
今度こそ本当にジャックスは色を失った。
プシューッ
軽い空気を抜ける音と共にコックピットハッチが開く。コックピットの熱い空気が抜け、涼しい風が頬をなでる。その風を感じながら、祐一は汗で張り付いた髪を掻き揚げる。
タラップへと降り立ち周辺に目を配ると、 戦闘から帰還した機体の修理およびチェックのためか、格納庫内はさながら戦場の様相を呈していた。それをチラッと横目で見ながら祐一は執務室へと足を向た。
帰還の報告――こちらは届いているであろうが――と、先ほどの話の続きをするためだ。 軽くノックし、執務室へと入る。
「お疲れ様です、祐一さん」
労いの声と共に部屋に迎えられた。
「すいません、首謀者と思われる機体を取り逃がしてしまいました。それにACの右腕部も」
「そんな事は気にしなくてもいいんですよ。祐一さんたちが無事に帰ってきてくれただけで十分ですから」
微笑みながら答える秋子に、祐一は「この人には敵わないな」と思った。
コンコン
ちょうどそのとき軽いノック音が響いた。軽く目配せして、すぐさま秋子は声をかける。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは二人の少女だった。長い髪をの一部をツインテールにくくった少女と、少しウェーブ気味のショートヘアの少女だ。
祐一の存在に少し驚いたようだが、すぐさま秋子へに話し掛ける。
「天野美汐、帰還しました」
「沢渡真琴、帰還しました」
ツインテールの少女――沢渡真琴――がショートヘアの少女――天野美汐――の後に続いてたどたどしく言う。まだ慣れていないのだろうか、その姿を祐一はほほえましく見つめる。
「それで、こちらの方は?」
美汐が秋子に問う。
「紹介するわね、こちらは相沢祐一さん。祐一さん、沢渡真琴と天野美汐ちゃんよ」
いつもの微笑を浮かべ秋子は双方の紹介をした。それに軽くてを上げ祐一もこたえる。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「あぅ〜よろしく」
簡単な挨拶を済ませると、美汐が切り出す。
「あの、お邪魔でしたら……」
気を回した発言。それに苦笑しながら祐一は答える。
「いや、そんな事ないぞ」
「そうね、あの事を説明するのにちょうど良いし、一緒にいてもらいましょう」
祐一の言葉をついで、秋子が話し始める。
「まずはここの事、Kanonについて答えますね」
「ええ」
「Kanonと言うのは私が立ち上げた、少々語弊がありますが傭兵部隊みたいな物です。依頼を受けて所属するレイヴンを依頼主に送ります。これが基本的な形です」
言葉を切り、少し間を取る。一度に全て話すより、このように間を取りながら、小出しに話すほうが人間は理解しやすいからだ。
「時にはヘブンズのような会社から依頼を受ける事もあります。しかし根幹は、一人一人のレイヴンの補助が最大の目的です。そこにいる二人もKanon所属のレイブンなんですよ」
ニッコリと告げる秋子に、祐一は驚きを禁じえない。その表情のまま、祐一は二人の顔を凝視し問う。
「え〜と、もしかして今戦闘してたのって?」
「はい、私たち二人です。やはりあなたがあの機体に乗っていたのですね」
断定でも疑問でもない口調だが、美汐の表情はそうであろうと確信しているであろう物である。
「ああ」
「あの時は助けていただき、ありがとうございました」
「あの赤い機体に乗っていたのは君か」
なるほど、と得心の言った表情で祐一はうなずく。
二人のやり取りが一段落ついたところを見計らい、秋子が祐一に問い掛ける。
「それで祐一さん、あなたはどうしますか?」
「はっ!?」
いきなりの問いかけに祐一は間抜けな声をあげる。後ろで二人少女が苦笑してる。秋子の急な問いかけにか、それとも祐一の間抜けな声にかは判断しかねるが。
秋子が先ほどの問いを補完する。
「Kanonに所属して、働いてみませんか?」
〜つづく〜