ARMORDE CORE 蒼紅の月
それは幸せな日々。
父が、母が、子が笑顔で居られた日々。
ほかに何も望まないような幸福な日々。
しかし、終焉は突然訪れる。
第二話 喪失
「お父さん」
祐一は父、恭一に駆け寄る。恭一はその祐一の頭に上に手を置き軽く撫でる。
そんな父子の姿を歩み寄りながら祐子は見つめている。
「おつかれさま、あなた」
そう言って祐一をあやす恭一に祐子は話しかける。
そんな祐子に恭一は真顔に戻り問う。
「祐一がこの調子だから大丈夫だと思うが、怪我は無かったか」
「ええ、近くにシェルターがあったから。相変わらず心配性ね」
「性分だ。いまさら治らん」
全てを見透かすかのような妻の言葉に苦笑するしかない恭一であった。
「久しぶりだな、恭一」
ACの整備をしていた恭一に声がかかった。
声をかけたのは同僚のレイヴン、古くからの友人。
「ゼフィールか。一ヶ月ぶりくらいか?」
恭一のその言葉に同僚レイヴン――ゼフィール=シュレイナー――は苦笑ながらに答える。
「なに言ってるんだ。一週間ぶりだぞ。相変わらずそう言うところは変わっらないな」
「お前もな。奥さん貰ってもまったく変わってないぞ」
「息子作ってもまったく変わらないヤツに言われたくないぜ」
そう言って二人は笑った。
「マリアは元気か?」
恭一のその言葉にゼフィールは無言で入り口を指差した。
その指を追って恭一が入り口に目を向けると件の女性がそこで顔を廻らせていた。
「こっちだ、こっち」
その女性にゼフィールは声をかけ居場所を知らせる。
それに気付いた女性はトテトテと二人のほうへ歩いてくる。
「お久しぶりです、恭一さん」
「ああ、久しぶり。元気そうだな、マリア」
二人は言葉を交わし合う。その姿を見て「おいおい、夫の俺はほったらかしかい」とゼフィールは苦笑する。
「恭一さんもお元気そうで」
しかしマリア――マリアンヌ=シュレイナー――は夫のその姿を丁重に無視した。ちなみに恭一もだが。
「こいつは元気以外の取り得が無いからな」
「今日は祐子さんとご一緒じゃないんですか?」
又も丁重に無視される夫。その二人の姿に恭一は失笑を洩らす。
「ああ、今ごろ祐一に振り回されるころさ」
古くからの友人達との会話は終始そんな感じであった。
あのテロ事件から一ヶ月過ぎた。破壊された街の復興もほとんど終わり、活気を取り戻している。
「今日は一緒に任務だな。にしてもレイヴンは曜日に関係なく仕事ってのも考え物だな」
いつもの格納庫。そこでいつもどおり機体の整備をしていた恭一にゼフィールの声がかかる。
その声恭一は顔を向けずに答える。
「そうだな。今日ぐらいは休みたかったぜ。サボるか?」
顔を見せずとも恭一がニヤリとしたのは雰囲気でわかった。
「おいおい、勘弁してくれ」
「ふ、冗談だ」
気心が知れているからこそ出来る冗談のやり取り。双方共に任務に対して気負いは無い。
しかし緊張が無いわけではない。
ベテラン。いや、一流だけが持つ緊張の中にある余裕と言ったものだ。
「特に破壊減給も無し。自由にやれるぜ」
「そうか……機体チェック終了。すぐにも行けるぜ」
そう言って装甲を軽く叩き、恭一は機体整備を終えた。
「それじゃ、行くか」
「ああ」
「お母さん」
昼食を作っていた祐子の背に祐一の声が掛かる。
「なあに?」
エプロンの裾で手を拭きながら祐子は祐一に視線を合わせる。
「お父さん、今日も帰ってくるの遅いのかな」
不安げな瞳。今日は六月の第一日曜。そう、父の日である。
そんな祐一の姿に微笑みを浮かべながら祐子は祐一の頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ。ちゃんと帰って来るわよ」
「うん」
そんな母と子の微笑ましいやり取りであった。
「恭一!!」
ゼフィールの悲痛な声が響く。
「ぐっ……」
簡単な任務だと思われた。いや、だからと言って見くびった訳ではなかったはずであった。
「大丈夫なのか?恭一、恭一!!」
そんなゼフィールに向け恭一が声を発する。
「退却だ。今の俺たちじゃどうしようもない。先に行け、俺が時間を稼ぐ」
恭一のその言葉にゼフィールは反論の意を唱える。
「しかし!」
そんなゼフィールに恭一は告げる。
「幸いヤツの機体にOBは装備されていない。一気に、OBを起動すれば俺の機体なら逃げきれる。それにお前の機体にはもう弾が残っていないだろう」
恭一の言葉どおりであった。OBの装備されている恭一の機体であれば、逃げようと思えば逃げきれる。
しかしそれをしないのはゼフィールが居るからだ。そしてこれも言葉どおり、ゼフィールの残弾はほとんど0に近い。
「わかった、死ぬなよ」
「誰がだ」
ゼフィールが反転、逃走のため一気に機体を加速させた。
「さてと、ちと骨だな」
そう言って恭一は敵機に向けロケットを発射。敵機がそれを回避している間に壁の裏に隠れた。
直後、壁が爆ぜる。バズーカの着弾である。
「ちぃっ!!」
舌打ちしつつ、続けざまに飛来する投擲弾をかわす。
しかし、それに続け飛来した多弾頭ミサイルが数発直撃した。しかもその内の一つは運悪くロケットへ直撃であった。
急いでロケットをパージ。パージする瞬間かパージした直後化わからないぐらいのタイミングでロケットは炎に包まれた。
その爆発に機体が転倒し、コックピットが激しくシェイクされた。
それは虫の知らせだったのか。
「お父さん?」
「あなた?」
場所は違ったが二人が恭一を呼んだタイミングはまったくの同時であった。
運が悪かった。
第三者がそれを表するとしたらその一言であろう。
「……ぐはっ」
転倒した衝撃で肺から一気に空気が抜ける。
そしてコックピットがシャイクされた事により恭一の意識が数舜飛ぶ。
意識を取り戻し、機体を立たせた恭一に迫るバズーカ。
「ぐぅ!」
何とか恭一はそれをかわす。その行動により間合いが詰まった。
それを好機と見、恭一はブレードを噴出、斬りつけた。
その動作により敵機と恭一の機体は接触する。
しかし、その接触した部分が悪かった。
左手、それも装備された投擲銃の銃口。
「しまっ!」
祐一は泣いた。何故だか知らないが涙が出た。
祐子は喪失感に包まれた。何故だか知らないが喪失感に包まれた。
ゼフィールはレーダーを眺めていた。じっと、じっと眺めていた。故に真っ先に理解してしまった。消えた光点がいったい誰も機体のものであったかを。
ブレードは狙い違わずに頭部に直撃した。
恭一の放ったブレードが頭部を斬り抜いた瞬間、投擲銃のトリガーが引き絞られていた。
目の前で起こる爆発、そして炎上。その爆発に自機も包まれたが、左手が使用不能になった程度で済んだようである。
無論、投擲銃は失っているが。
軽く自機の状況を確認してパイロットの男は通信機のスイッチを入れる。
「こちらゲイツ。依頼どおり蒼刃の始末を完了。僚機の方は取り逃してしまった」
『問題無い、蒼刃が始末できたのならそれでな。任務は完了、帰還せよ』
「了解」
短い通信を終え、男――ゲイツ=ガーランド――は機体を発進させた。
〜つづく〜