ARMORDE CORE 蒼紅の月
「結局……父さんは帰ってこなかったよ」
そう言って祐一は痛々しい笑顔を香里に向けた。
香里の表情は硬かった。
軽軽しく聞いた祐一の過去がこんなに重いものだと思っていなかったのだ。
その香里の心情を表すかのようにしんしんと雪が降り始めた。
「雪が降ってきたな……場所……移すか」
質問とも独り言とも取れる口調。しかし香里もそれに異存は無かった。
祐一は葬儀の間中泣き明かした。いや、その後三日は泣きつづけていた。
祐子は泣けなかった。祐一の前では絶対に涙を見せることは出来なかった。
しかし祐一は知っていた。毎夜祐子が鳴咽を噛み殺し泣いていることを。
第三話 レイヴン試験
「それじゃあ、行って来るよ」
「無茶しちゃ駄目よ。と、言っても無駄でしょうね」
そう言って祐子は苦笑する。
「なんと言っても父さんと母さんの息子だからね」
そんな祐子に祐一も笑みを返した。
レイヴン試験。祐一は今日その試験を受ける。
「とうとうね……」
走っていく祐一の背を見送りながら、祐子は一人ごちた。
「あなた……あの子を……あの子を護ってやって下さい」
祐子は今は亡き夫に祈った。
「貴方と同じで一度こうと決めると何を言っても聞きませんから。絶対に無茶をしますもの」
「今回の試験はカウンターテロ。文字どおりテロの鎮圧だ」
試験管はレイヴン試験を受ける受験者を見渡す。
「無論本物のテロリストというわけではないがな、使用するのは実弾だ。気を抜くと死ぬぞ。それを心に止めておけ。試験開始は1時間後、一八:○○時。各自、遅れぬよう留意する事。以上だ」
そう言って試験管は待機室を後にした。それにより待機室が喧騒に包まれる。
そんな中祐一は一人待機室を後にする。その祐一の足はAC格納庫へと向けた。
祐一はただ一人、格納庫に立つ。蒼い機体の前に。
「父さん……」
見上げる機体は父の機体。正確に言うと少し違うが。
「…………」
プシューッ
コックピットハッチを開け、祐一はゆっくりとシートに身を埋める。
試験までにはまだたっぷり五十分ほどある。
ゆっくりと機体を起動していく。
『システム起動 各部正常 ジェネレータ―出力30% 各関節ロック解除』
そんなコックピットに響く電子音を聞きながら祐一は大きく息を吸い込んだ。
『今からお前達はテロを鎮圧するわけだ。先にも言ったが気を抜くと死ぬぞ。お前らの持てる実力を存分に発揮しろ。テロ部隊はMTが20機、ACが一機の大部隊だ。MTを全機破壊すれば試験は終了。以上だ。幸運を祈る。試験……開始!!』
試験管の言葉と共に、レーダーに光点――敵機――が現れる。
「護るって決めたからな」
祐一は一番近い光点へ向け機体を加速させる。
ものの数秒で敵機を視認、格闘戦型MT。敵機に向け一気に機体を加速させる。そして敵機の目の前で素早く横に飛ぶ。
突然の動きにMTは祐一を見失う。
敵機を見失い慌てるMTに祐一は右手に装備されたマシンガンを撃ちこんだ。
「一機目」
今回の試験を受ける人数は祐一を含め五名。一人当りの必要撃墜数は4となる。
「一機のACと言うのが曲者だな」
射撃戦型MTが祐一へ向けミサイルを発射する。祐一はミサイルに目もくれず前進。放たれたミサイルがその祐一の頭上を飛んでゆく。
間合いが詰まったことにより、祐一をホーミングしきれなかったのだ。
更に祐一は機体を加速させ、一気に間合いを零にする。そして加速させると同時に振り被っていたブレードを振りぬいた。
ズンッ
ブレードの直撃を受けたMTは重い音を立て両断された。
「ハァ……ハァ……」
祐一の息が上がる。初の実戦。しかもAC戦闘となれば身体に掛かる負担の大きさは想像に難くない。
そして祐一は気付いていなかった。祐一一人が突出しすぎていることに。
しかし戦闘は祐一に休む間を与えない。すぐさま次にMTが現れる。
手早くロックし、マシンガンを連謝する。視化し距離があったせいか、着弾がばらつき、それほどの威力がでなかった。
「ちぃっ!」
一気に間合いがつまり、敵機がブレードを振り上げた。ブレードを振り被っていては間に合わない。
ズガンッ!
MTの頭部を突き破る左の拳。祐一はMTを殴り飛ばしたのだ。
ジュンッ
その状態からブレードを形成、一気に斬りぬいた。
もちろん機体の左腕部――正確には手部――は使用不能になっている。
『初の実戦にしては良い腕だな。俺が相手をしてやろう』
突然の通信。聞こえてきたのは若い男の声であった。
「っ!?」
その通信が入った瞬間祐一に嫌な予感が走る。その予感に従い祐一は機体を後方に跳躍させた。
ズゴンッ!
元居た地面がえぐれる。スナイパーライフルのによる狙撃であった。
『良くかわしたな。俺の初の実戦なんて散々だったぞ』
その声と共に紅い機体が祐一の目に入る。
スナイパーライフルを装備している機体が相手の目に姿をさらすと言うことは、相当な腕か、威力を重視してそれを装備しているに他ならない。
どちらにせよ簡単にあいての出来る相手ではない。
「くっ」
手早く紅い機体をロックして祐一はマシンガンを乱射する。
しかしそれは難なく回避された。
『マシンガンは近距離戦用の武器だ。もっと近づいて使わないと回避は簡単だぜ』
まったくの正論。そしてそれは祐一も理解している。
しかし紅い機体の動きに付いて行けない、近づけないのだ。
機動性に差があるわけではない。いや、むしろ祐一の機体のほうが機動性は上である。
それなのに近づけないのは動きに差があるからだ。
いうなれば間の取り方、四肢の使い方のレベルが圧倒的に上なのである。
『こっちも行くぜ』
その声と共に祐一のコックピット内にロック警報が鳴り響く。
続けてくるであろう銃撃に祐一は回避行動に移る。
コンマ何秒かの差で回避に成功。
スナイパーライフルは射撃間隔がどうしても長くなる。その時間を生かして祐一は一気に間を詰めようと機体を加速させた。
しかしやはり間合いが詰めきれない。そうこうしていると第二射が放たれる。
なんとか祐一はそれをかわしたが、機体の体勢が崩れる。それを立て直すころには紅い機体との距離は元の距離に戻っていた。
『まだまだ、甘い』
「くそっ!」
思わず祐一は悪態を付く。そして回避のために跳躍、ビルの上に着地――
ゴガァ!
――出来なかった。着地地点を撃ち抜かれたのだ。
とっさのことに反応できず、祐一は成すすべもなく転倒、落下する。
『チェックだな』
落下した祐一に素早くライフルが付き付けられた。そしてそのライフルが放たれようとした瞬間――
『MTの全機破壊を確認。試験を終了する。今生き残っているやつらは試験合格だ』
――試験管からの通信が入った。
『ふう、運が良かったな』
「まったくだ」
『はっはっは、そうふてくされるな。あんた、名前は?』
「相沢祐一。そう言うあなたは?」
『アル、アルバート=ハーヴィー。合格おめでとう、相沢祐一君』
それが祐一とアルの始めての出会いであった。
〜つづく〜