ARMORDE CORE 蒼紅の月
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悠久に続くかと思われた時間が失われた瞬間
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全ての終わりにして、始まりとなったもの
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月蝕
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蝕まれし月、全てが無に帰す刻
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残ったものは……
第二一話 心
ドオォォォォォォン!
凄まじい爆音が辺りに響く。
「なっ!?」
その爆音に振り向いた祐一の見たものは――
「……アル……ルナ……」
――爆炎に包まれたMoonの格納庫であった。
あまりの衝撃に何処をどう移動したのかが記憶になかった。
気が付いたら、街へ。母の居る街へ機体を向けていた。
ただ、心にどうしようもない孤独感が広がっていた。
「何で……どうして……いつも……いつも」
限界だった。何かにすがりたかった。
自分が何をしたのか。小さな幸せを望んだだけではないか。それが罪なのか。
街に着くまで、祐一のあまりに哀しい自問自答が続いた。
Moonが強襲されている時、一つとして救援が来なかった。
街から離れた場所に在ったとしても、それは異常な事だ。考えられるのは、何らかの理由で救援に向かう事が出来なかった、と言う事であろう。
そしてその理由は最悪な事態。
大規模テロ。
間違い無く標的はMoon。それに邪魔が入らないように街に対して大規模テロを仕掛ける。
あまりに馬鹿げた、あまりにテロらしい突飛な行為。
それ故あまりに大きな成果を……いや、あまりに大きな被害を引き起こした。
街に着いた祐一を待っていたのはあまりに冷たい、非情な現実であった。
揺らめく炎、倒壊した建物、泣き叫ぶ子供。地獄――そう言って差し支えの無い光景に祐一は立ち尽した。
そして何より――
「嘘だろ……か……あ……さん? 母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
――目の前の光景が信じられなかった。信じたくなかった。
「護りたいのに!」
ガッ!
「なんで!!」
ガッ!
「何で護れないんだ!!」
ガッ!
拳が裂け、血が出るもかまわずACを殴りつづける。
「母さん……アル……ルナ……」
全てを失った。
その事実が祐一から生きる気力をも奪い去った。
あれから三日、街のアリーナに避難所が設けられ、治療および食料の配給が始まった。
あまりに大きな哀しみは人を空っぽにする。
祐一の目から生気は消えうせ、今はただの人形になり果てていた。
配られた食料にも手を付けず、朝から晩までずっと死んだ目で空を眺めつづけていた。
かろうじて掛けられた言葉に反応は示した。悪までもかろうじてであるが。
四日目。
変わらず、人形のように空を眺めつづける。
眺めていると言うより、視線の先に、ただ単に空が在るだけかも知れない。
それほどまでに、その瞳には何も写っていない。
五日目。
一人の女性が祐一を訪ねてきた。水瀬秋子、その人だ。
「祐一さん。わかりますか? 秋子です」
ゆっくりと祐一が顔を上げる。
喪失の哀しみに耐えきれず、孤独に苛まれ、生きることを放棄した祐一。
その表情はあまりに哀しく、あまりに寂しかった。
「あ……あきこさん?」
ゆっくりと目の焦点を秋子に合わせる。
「祐一さん……家に……家に帰りましょう。こんなところに居ては風邪を引きます」
そんな祐一の姿に、秋子はその一声をかけるのが精一杯だった。
六日目
場所が移っただけで、祐一に変化は無い。
人形は何も感じず、何も思わず、ただそこに在るのみ。
七日目
「祐一さん、せめて何か口にしないと本当に死んでしまいます」
秋子さんが祐一を家に引き取って今日で三日目。
その間祐一は何も口にしていない。いや、今の状況を見る限りそれ以前から何も口にしていないのだろう。
「もう……どおでもいい……」
パァンッ!
「甘ったれないでください!!」
秋子が祐一の頬を叩く。その衝撃に祐一は受身も取れず、いや、受身も取らずに転倒した。
「祐一さん、今あなたは生きています。それは誰のおかげですか? アルさんやルナさんたちは何のために死んだんですか!? 祐一さん、あなたを逃がすため、あなたを護るためでしょう? それを、そんな人達の気持ちをあなたは裏切るつもりですか!!」
ジンジンと痛む頬を押さえ、祐一は視線を上げる。
その瞳にあれから初めて意思の光が灯った。しかし、あまりに破滅的な光であったが。
「俺が……俺が死ねばよかったんだ!!」
絶叫が響き渡る。
「あなたはまだそんな事を!!」
秋子が腕を振り上げる。
それに構わず祐一の絶叫は続く。
「俺が死んだら……俺が残ってれば二人は助かったんだ!!」
振り下ろされる腕。しかし、祐一の頬が叩かれる事は無かった。
代わりに祐一の背に腕が回されていた。
「そんな哀しい事を言わないでください。死ぬなんて……」
その秋子の目には涙が溢れ返っていた。
「わかってるんだ、本当は……俺が死んだとしても誰も喜ばない、それどころか哀しませるだけだって事くらい。でもっ……でもっ」
秋子に抱きしめられたまま、堪えていた物、忘れようとしたものが溢れ返ってくる。
次第に祐一の声は鳴咽に彩られていく。
「こんなに哀しいのなら……こんなに辛いのなら……」
「祐一さんのせいじゃありません。あまり自分を責めないでください」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その日、祐一は秋子の胸で泣きつづけた。
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「それからすぐに旅に出たよ。自分を見つめなおすため、過去を乗り越えるために」
祐一が軽く息を吐き――
「結局のところ、あまり進歩は無かったみたいだけどな」
――冗談めかして最後の言葉を吐く。
あまりに哀しい物語がその一言を持って幕を閉じた。
哀しい笑みを張り付かせたまま、ゆっくりと、ゆっくりと祐一が目を伏せる。
ギュッ
「か、香里!?」
突然の抱擁。
香里は無言で祐一を抱きしめつづけた。
「……ご……なさい……ごめんなさい……」
香里は低い鳴咽を洩らす。
最初は祐一も驚いたが、そんな香里に今は好きなようにさせておいた。
「落ち着いたか?」
「ええ、ごめんなさい」
「いや、謝らなくちゃいけないのは俺のほうだ。ごめんな、心配かけて。それに悲しい思いをさせて」
「あたしが勝手に心配しただけよ。それに哀しい過去を聞いたり……」
すまなそうに香里が頭を垂れる。
「だからそんな顔をするなって。多分俺も本当は誰かに聞いて欲しかったんだと思うしな。じゃないと、聞かれたからってそう簡単に話せたりしないって」
祐一はそう言いながら香里の髪をくしゃっと撫でる。
「香里に聞いてもらって――過去を話せて良かったと思う」
そう言って祐一は微笑む。
それは祐一が……失う事を恐れるあまり、皆に対して深く踏み込む事を止めた祐一が、始めて見せた本当の笑みだった。
「相沢君……」
「そういや……こんな時に言う言葉は『ごめん』じゃなかったな」
「え?」
「ありがとな、香里。お前に聞いてもらって楽になったよ」
それが良いのか悪いのかはわからないけどな、と照れながら頭を掻く。
「うん!」
祐一のその言葉に、香里は最高の笑顔で答えた。
〜第二部 完〜