ARMORDE CORE 蒼紅の月
「ねえ、相沢君……お弁当、作ってみたんだけど……」
戦士に訪れた、束の間の休息。
「なに、俺にか!?」
共に笑い、共に泣き、時には喧嘩し、そしてまた共に笑う。
「えと、その……受け取ってもらえる?」
そんな普通の少年少女がおくるであろう――
「おう。喜んでもらうぞ」
――掛け替えのない日常の一コマ……
第一話 日常の先……
「あ、相沢さん、美坂先輩、ここに居ましたか」
「ん、ふぁんだ?」
口いっぱいに食べ物をほおばった状態で祐一が答えた。
そんな祐一の行動に香里と美汐は声をそろえて注意する。
「「口の中のものを飲み込んで喋りなさい(喋ってください)」」
「うぐ、りょーふぁい」
・
・
・
「うむ、どの料理も美味かったぞ。ご馳走様」
「お粗末様」
「んで、なんのようだ?」
空になった弁当箱を香里に手渡しながら祐一は美汐に問う。
「倉田先輩が午後にデッキのに来て欲しいそうです。恐らく機体についてでしょう」
「了解。午後からだな」
「はい。時間の指定はありませんが、早めに行っておかれたほうがいいと思います」
「ああ、わかってる」
「それと、美坂先輩」
「へ、あたし?」
後ろで弁当箱を片付けていた香里は突然掛けられた美汐の声に、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「秋子さんがお話があるそうです。手の空いた時でいいのでお部屋のほうへ来て欲しいそうです」
「わかったわ。一体何かしら?」
秋子の話に思い当たる節が無いらしく、香里は小首をかしげる。そんな香里の反応を無視して、美汐は次の伝言に移った。
「最後に水瀬先輩からお二人への伝言です」
「「名雪から?」」
その言葉に二人の声が見事にはもった。微妙に美汐のコメカミが引き攣ったのは錯覚ではないだろう。
「私をほってラブラブしてる祐一も香里も極悪だよ〜 夕食は紅生姜尽くし。……<中略>……覚悟だお〜 だそうです」
ワンブレスで全てを言い切る美汐。祐一は「よく息が続いたな」と少々場違いなことを考え……いや、現実逃避をしていた。
「紅生姜尽くし……」
片や、香里の頬は引き攣りまくっていた。
「伝言は確かに伝えましたので」
そんな二人の反応には目もくれず、美汐は静かにフェードアウトして行く。
後に残されたのは香里によって現実に引き戻された、祐一の悲痛な叫びだけであったとか、なかったとか……
「機体構成の変更?」
「はい、前回の戦闘データを見る限り、この機体では勝つことは愚か、逃げる事さえ難しいですから」
そう言って佐祐理はカタカタとキーボードを操作し、画面を祐一の方へ向けた。 その画面に機体の構成、予想スペックが表示されている。
画面に表示されたデータを見た限り、以前と比べ格段に機体の性能は向上していた。しかし、その画面を見た祐一の表情は苦いものであった。
「せっかく機体を弄ってもらって悪いんですが――
「この機体ではどちらにせよあの機体には勝てない、ですか?」
――ええ」
祐一の言葉を予期していたのか、佐祐理は祐一の言葉を簡単に遮った。
「祐一さんにもわかっている様なので簡単に言います。この機体ではあの機体に勝つことは無理です」
佐祐理の言葉に祐一は「やはりか」と言った表情を浮かべる。その後、言葉の内容のわりに佐祐理の表情が険しくない事に気がついた。
それを怪訝に思い、祐一が口を開こうとした瞬間、佐祐理の言葉が続いた。
「ですがこの機体なら逃げる事は難しくない筈です」
「まさかこの機体は……」
「勝つことよりも、目標を達成する事よりも大切な事ですから」
そう言ってニッコリと微笑む。その微笑みは秋子さんが浮かべるそれと同質の、慈愛に満ちた微笑だった。
そんな佐祐理さんに微笑を返しながら祐一は言う。
「そうですね。生きてないと何も護れませんから」
「はい。その通りです」
「生還が第一目標……それじゃあ、ライフルは香里が装備しているのと同じヤツの方がよくないですか?」
それからデッキでは小一時間ばかり、佐祐理と祐一の機体構成を相談する声が響いていた。
コンコンッ
秋子がお茶でも入れようかと立ち上がったところへ扉をノックする音が響いた。
恐らくは香里であろう。秋子はその姿勢のまま返事を返した。
「どうぞ」
「失礼します」
秋子の声に一瞬遅れて、香里が執務室への扉を開いた。
「ごめんなさいね、忙しいところを……ちょうど今お茶を入れようとしていたところなんですけど、紅茶でいいですか?」
「あ、すいません。いただきます」
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って秋子はお茶を入れに行った。
「それにしても、一体何の話なのかしら……今の状況から考える限り、悪い事ではなさそうだけど」
秋子が帰ってくるまでの暫くの間、一人残された香里はその疑問に悩みつづけた。
「お待たせしました」
紅茶を入れた秋子が帰ってきたのは、およそ五分後の事であった。
「ありがとうございます」
「いえいえ。ジャムがあるん「甘い物は少々苦手なので遠慮させてください」……残念です」
「それで、あたしに話って一体なんですか?」
香里はいきなり話の確信に迫る。そんな香里に秋子はいつもの笑顔で答える。
「祐一さんについてです」
「えっ!?」
突然出た祐一の名前に、香里は思わず声を上げる。そんな香里の反応に秋子はニッコリと微笑んだ。
「過去を……祐一さんは香里さんに話したんでしょう?」
問い掛けではあったが、間違いなく答えを知っているであろう表情を秋子は浮かべていた。
そんな秋子に観念したのか、香里も正直に答える。
「はい。相沢君に話してもらいました」
「良かった」
香里の答えに秋子が浮かべた表情は安堵。
「私が知っているのは事件の詳細だけです。祐一さんが何があったかを話してくれたことはありませんでした。そういう過去が話せる相手、一度失った祐一さんがまたそういう人を見つけることができたのが嬉しいんです」
そう言った秋子の顔には自分の息子を見守る母の……いや、それ以上の愛情が見え隠れしていた。
「香里ちゃん、ずっと祐一さんのそばに居てあげてくれますか? あの子は強がって居ますが、本当は誰以上に喪失の悲しみに怯える弱い子なんです」
「あたしは――
考える事は祐一のこと。
思い出すのは祐一のこと。
いつも飄々としていて、人の事を大切にするくせに、自分のことを大切に出来ない人のこと。
結局、答えは考える前から決っていた。
だから秋子の願いに、香里は笑顔を返す。最高の笑顔を。
――ずっと相沢君の傍に居るつもりです。嫌がられたって離れる気はありません」
〜つづく〜