ARMORDE CORE 蒼紅の月
――揺れるACのコックピットの中――
カチャ……
――アルはもくもくとマガジンに銃弾を込めつづける――
カチャ……カチャ……
――一心不乱に、迷いを断ち切るかのごとく――
カッ……ズゥン……
第三話 邂逅
不意に機体の揺れが止まった。
オートパイロットにしていた機体が目的地に着いたために停止したのだ。
チャ……
「……最後だ」
手に持った最後の銃弾をマガジンに込る。そしてマガジンを銃に装填し――
「………………」
シャキンッ
――アルは静かに遊底を引いた。
ガタン
けたたましい音を立て、椅子が転倒する。
「祐一さん? 駄目ですよ、椅子を倒しちゃ」
椅子を倒した人物――祐一―に秋子は声をかけた。まあ、毎度の事ながら悪までもマイペースな内容ではあったが。
「あ、いやその……すいません」
そんな秋子の反応に、祐一も思わず普段どおりの反応を示した。正確には感情を押し込め、普段どおりの反応を示したのだが。
「それで、手紙は誰からだったんですか?」
「古い友人からです。あまりに懐かしかったもので、ビックリして椅子を倒してしまいましたよ」
ハハハッと笑う祐一。
他の人が見ればその時の祐一は普段どおりの祐一であっただろう。が、秋子は祐一が無理をしているように感じられた。
無論、先に手紙の内容に目を通していたと言うのもそれに気が付く理由の一つであった。
「それで何なの? 大事な話って」
開口一番に香里は名雪に問いかける。
まあ、大事な話があると外まで連れ出された身とあっては当然だろう。
「その前に一つ確認したい事があるんだけど、いいかな?」
そんな香里の問いかけに、名雪は奇妙な反応を示す。
「ええ、別に良いけど……大事な話は後でいいの?」
そんな名雪を怪訝に思いながらも、香里は普通に反応を返した。
「うん……それでね、香里……あの……その」
なかなか質問を言いださない名雪。いや、言いだせないが正解だろう。
それほど言い難い話なのだろうか? と、香里は?マークを浮かべた。
「佐祐理さん。こいつ、今すぐ出せますか?」
デッキに固定された月影を祐一は指差す。
各部のチェックのためか、模擬戦の時のデータ収集のためか。
恐らくその二つの理由からであろう、集中治療室の患者のように月影の各部からケーブルが伸びていた。
「ええ、2分ほどで出せますが……どうしたんですか?」
佐祐理の問いにしれっと祐一は答える。
「ちょっと古い友人に会いに……です」
「はぇぇ、お友達ですか……すぐに動かせるようにしますね」
祐一の答えに何の疑問も抱かず、佐祐理はケーブルを外す作業に取りかかった。
「それじゃ、俺は中でシステムを立ち上げてますんで」
そう言って手早く祐一はコックピットにもぐりこむ。
手早くコンソールを操作し、ACを起動させてゆく。
「機体各部正常、関節ロック解除」
『こちらの作業は終わりました』
祐一がACの起動を終えたのとほぼ同時に、佐祐理から作業の終了が伝えられた。
「それじゃ、ちょっと行って来ます」
「えと……その、そのね……」
どのくらいそんな無益な時間を費やしただろうか、香里がそろそろ力ずくで聞き出そうかと思い始めた時――
「香里!」
――名雪が声を張り上げた。
「は、はえ?」
思わず間抜けな声を発する香里。それに構わず、名雪は同じ調子で続けた。
「香里は祐一の事好きなの?」
「え、ええええええ!?」
名雪の質問の内容に、香里はさらに驚きの声をあげる。
「答えて! 大事な事なの」
真面目な……いや、それ以上に必死な表情の名雪。
「……はぁ」
そんな名雪に心を決めたのか、軽く息を吐き香里は答える。
「自分でもよくわからない……」
言葉を切り、ゆっくりと自分の心を振り返るように香里は空を見上げた。
ちらほら雪が降ってくる。
「……けど、好きなんだと思う」
そんな香里の答えに名雪は複雑な表情を浮かべた。寂しさと一末の喜びの入り混じった、哀しみの表情を。
「……名雪?」
心配げに名雪を覗きこむ。そんな香里に名雪は――
「これ……」
――一通の手紙を挿し出した。
荒野、と言うべきか。街から離れおよそ30km、そこに二機のACと、そして二つの人影が対峙していた。
深紅の機体と深紅の対Gスーツ、漆黒の機体と蒼い対Gスーツ。アルとイクリプス、祐一と月影だ。
どれほどの時間そうしていたか……双方同時と言って良いタイミングで歩き始めた。
「アル……」
不意に祐一の口から哀しみを色濃く含んだ呟きが漏れた。
「(覚悟は……決めたはずなのに……まだ、俺は迷ってる)」
そんな自分の迷いに祐一は思わず苦笑する。
「(これが俺の弱さなんだろうな……)」
そんな祐一の迷いとは裏腹に――ゆっくりと、しかし確実に二人の距離は縮まっていく。
が、その距離が約10mとなった瞬間、双方とも示し合わせたかのようにその歩みを止めた。
「……久しいな、祐一。こうやって生身で会うのは何年振りか……」
「(早く……早く……)」
コックピットの中、香里は焦燥に駆られた居た。ジェネレーターの聾する音に苛立ちを感じる。
嫌な事は、嫌なタイミングで起こるものである。それが偶然であれ、必然であれ。
模擬戦闘で感じた右腕部での違和感。そのためのオーバーホールに――と言っても肘部だけではあったが――部品の交換を含め約1時間の時間が必要であった。
「(こんなことなら、あれくらいの違和感黙っておけば……)」
そう言う小さな事をほおって置く事がどれだけ危険か、それがわからぬほど香里は愚かではない。が、そう思わずにいられなかった。
出遅れた、と言うには長すぎる。祐一がここを出たのは機体のオーバーホール前。ようは1時間以上前だ。
たかが1時間と言うかも知れないが、その1時間の差が彼女にはどうしようもない時間として感じられる。
『肘部、オーバーホール完了しました』
佐祐理からの通信が入る。次の瞬間、弾かれたように香里はコンソールを操作していく。
ジェネレーターに火は入れていた。後はシステムを立ち上げるだけ。
「緊急起動、各部チェック省略、各関節ロック解除」
『二番エレベーターへ。すぐに使えるようにしてあります』
「了解です」
言われたように二番エレベーターに移動すると、絶妙のタイミングでハッチが開放する。
佐祐理が操作したのだろう。
「ありがとうございます」
手短に佐祐理に礼を述べ、香里は機体をエレベーターに乗せた。
〜つづく〜